服部幸應先生インタビュー
奥能登の魚醤「いしり」と食育

日本人が生涯にわたって豊かな食生活を実践するために、安全・健康な新しい日本を育む「食育」が、国の新しい方針として教育体系に加わりました。
食育の元祖提唱者でもある服部先生に、地域の伝統的な食文化である「いしり」を語っていただきました。

強烈なインパクトを受けた「いしり」
──服部先生には、テレビの人気番組「料理の鉄人」で料理人の皆さんに「いしり」をご紹介いただき、能登の「いしり」の知名度アップに非常に貢献していただいた経緯があります。ところで先生ご自身は、いつ頃から「いしり」をご存知だったんでしょうか。
服部幸應先生(以下服部)
今から27〜28年前かなぁ。石川県で旅をした時に珠洲に向かう道中で鍋を食べたのが最初です。囲炉裏のある家だったんですが、そこで初めて「いしり鍋」を食べたんです。30歳くらいの頃ですから、遅いほうですよね。野菜の中に、魚介類がたっぷり入っていて、「美味いな」と思ってね。魚醤は非常にインパクトがありますから、以来忘れられなくなりました。
──それからもお使いになってたんですか?
服部石川へ行くとお土産で売っているので、それを買ってきては、みんなに配っていましたよ。「いしり使えよ」という訳です。

料理界の鉄人たちに「いしり」を紹介
──そうした流れがあって、「料理の鉄人」でもご紹介いただいたんですね。
服部あの番組では、様々なものを準備しておいたんです。でも、魚醤を使ったことのない人ってたくさんいる。調理人たちといえど、知らない人は知らないわけですよ。特に西洋の人は知りませんよね。そこで講義をやるんです。
 撮影当日にメインの素材として何が出るかは言えないから、日頃から彼らに様々な訓練をしていたんです。鉄人やそれにふさわしい挑戦者たちを、いわば創りあげなきゃいけない立場だったから。
 そこで例えば、「青背の魚を使った場合に、バルサミコをこうつけると非常に美味くなるよ」とか、「イカだったらいしりを」とか。そんな風に教えると、皆さん「へえ、こんな味がするんだ」って言うわけですね。そんな具合に、彼らに使ってもらいましたね。

人気番組を通して食卓にも影響力を発揮
──バルサミコも、家庭で使ったり手に入るようになったのは、本当に料理の鉄人の頃からですもんね。影響が大きいですね。
服部番組中で実況アナウンサーが、「お、何か使ってますね」と言うと、僕が「あれは‥‥、バルサミコじゃないかな」と受けて、その説明を入れていくんです。
 そうすると、翌日問合せが我々の方にも来ましたが、高級スーパーにも必ずあったらしいですね。とうとう紀伊国屋さんが店頭にトリュフまで置くようになった。あの番組はそうした影響力を持っていましたね。

火を入れると馴染む「いしり」
服部今回「いしりのレシピを」というリクエストをいただいて、改めて意識的に使ってみて僕が感じたのは、「いしり」は火を入れてからすごく馴染むということですね。
 チャーハン、混ぜご飯、釜飯にもしたんですが、これがなかなか良いんですよ。今、僕は「ごはんファン宣言!」という、ご飯の推進活動(JA全中)もしているので、「できるだけ、ご飯が出てくると良いかな」と思ってやったんだけど、「いしり」は大変よく合いますね。
 みりんと合わせると、まろやかさが出ていろいろ使い道がありますよ。そして、イカを合わせると、やはりすごく相性が良いですね。チャーハン等にもゲソを入れると、また引き立って美味いんですよ。
 まだまだ料理の広がりはあると思いましたね。

「いしり」の香りをさらに生かすために
服部ただ、塩気がちょっと強いんですよね。あの塩気をもう少し抑える方法が無いのかどうか。薄めてしまうと、当然その分香りも弱くなりますから、もっと香りを高くしながら、なおかつ塩気を抑える方法が欲しいな、と思ってるわけ。
 現代の中で塩気が勝ちすぎてると、あんまり使ってくれないので、「開発上で何かできないのかな」と感じました。
数馬「いしり」は、25%くらいの塩分濃度があります。濃口醤油で13%くらいですから、倍近くですもんね。

現代の食卓が望む「いしり」を考える
服部今回の「いしり料理」も、全く塩を使ってない。塩気があるものを一緒に合わせることもできないんですよ。「高血圧症だ」っていう世界になっちゃうんですね。
──成人病の原因の一つになるといったイメージになっちゃうと嫌われますよね。
服部そう。時代に逆行するとマズいんですね。我々がみんなでいろんな料理を考えてみた時にも、「このいしりって、あんまり沢山は使えない」って言われたの。「校長、良いんですか?」「そうだよな」って。
 本当は、あの『香りの良さ』を、もっと出してあげたいわけ。あの独特の香りを、逆に上手く使えばね、クセになるんですよ。

昔ながらの良さと現代の使い勝手
数馬今、日本の魚醤の中で、「いしり」が一番塩分が高いかもしれんですね。しょっつる辺りは、もうちょっと低い筈ですから。
服部我々が使っていてね、やっぱり使い勝手が気になったんですね。それが我々の素直な感想。
 醤油も、元々は冷蔵庫に入れなくても相当もった筈なんですが、今、栓を開けたら必ず冷蔵庫という指導ですね。現代社会において、昔ながらの味では使い勝手が悪いわけです。
 こんなこと言うけど、僕は本当は昔のままが好きなんですよ。例えば梅干だって、塩分が20%くらいの酸っぱくて辛いのが好きなんですけど、一般に広く使っていただくためには、そうは言っていられないですもんね。

かつては家々で作られていた「いしり」
服部でも、魚醤はスローフード、食育、どちらの観点からも残して欲しいものですね。
 僕も随分いろんな国に行って、東南アジアのいろんな魚醤を舐めましたけど、それはそれはもう、鼻をつまんじゃうようなものもあるんですよ。
 その点、石川県のは、僕が30年前に出会った時に、「おぉ、良いじゃないか」っていう感覚がありました。それは今でも覚えてるんですよ。でも僕の記憶だと、その時の「いしり」はこんなにも塩が強くなかったですね。その家その家の塩分濃度ってあるんでしょうが、もっとまろやかで、そして匂いがものすごく強かったという印象です。ほとんどもう、家庭で作ってないらしいんですが、「その家で作ってる」って言ってましたよ。
──香りは良くて、塩は強くないんですね。新しいテーマができました。

地域に根付く食文化を見直す
──「いしり」の料理を残す活動は、昔から地域に根付いているものを見直すという意味で大切ですね。
服部食育の基本的な考え方の中には、「伝統的な、失われた食材の復活」もテーマに入ってるんです。伝統が今無くなりつつあるけれど、これをもう一度、見直していく必要があるだろう。
 その一つとして「いしり」を残していくという皆さんの志を、お手伝いしたいなと基本的には思ってるんです。
 伝統的な立場で引き続き地域に残してもらいたいということと、それが事業として発展できれば、その地域が活性化するわけですからね。
 ただその時に、現代の人にどう合わせるか。「いしり」の場合、塩分を抑えられるのかどうかがネックになってくるかな、とちょっと感じましたね。


学校給食に地域の食文化を取り入れる
──食育ということでは、地域の学校給食で、「いしり料理」を食べさせることも検討していきたいと思っています。
服部それは、県や市でおやりになると良いですよね。ただ、それがムーブメントになるように、「みんなが1日一回いしりを使おう」みたいな合言葉も必要です。プロの調理人や給食センター等でも「いしり」を使ってもらう方向に持っていければ良いでしょうね。

家族が食卓を囲む鍋料理
服部「食育」に関してもう一つ言うと、家庭で鍋料理ってやりますよね。一つの鍋でいろいろグツグツ入れて、みんなで突っつくっていう食習慣は、個食化が進む日本でも残っているんですね。そういうことを考えると、いろいろ変り種の「いしり鍋」を、紹介の中に必ず入れていただくというのが、良いかもしれませんね。
 あと、料理屋さんでも小さい鍋なんか置いて、「これは今までの他の鍋と違うね」って言わせてあげたいな、って思いますよね。まだまだ色々考えなきゃいけないんだろうけれども、面白かったですよ、「いしり」は。

地元での再評価のために地域の料理人から
服部そういえば、今回の「いしり」の件で、道場さんを能登にお呼びになったんですよね。
──道場六三郎さんに、地元の能登の調理人の皆さんの前で「いしり料理」を実際に作っていただきました。目の前で調理して見せるのが、やっぱり料理人には一番分かりやすいのかなと思いましたね。
服部料理人というのは、自分が使ってきた以外のものを使うのに臆病な部分があったり、もしくは、新しいものを使っても、間違って使ってしまうといけない。間違った使い方によるイメージダウンが起こらないように、「いしり」の良さが生きる使い方をしてもらわないとね。
 ちょうど「料理の鉄人」でも、トリュフだとかバルサミコだとかの素材を、僕たちが情報として渡しておいたように、「いしり」の良さが生きる使い方を情報として渡していくための活動も大切でしょうね。

「いしり」のクセになる美味さ
服部「いしり」については、僕が20何年前に最初に受けたインパクト。香りでびっくりしたことと、クセになる感覚を、今、頭に置きながらやっています。クサイのが好きな人は意外といるんですよ。中途半端なクサさはダメ!
──小泉武夫先生の「クサいはウマい」の世界ですね。
服部彼とは、「クジラ食文化を守る会」も一緒にやっているんです。

失われた伝統的な食材を再評価して復活
数馬私どもの地域には、「いしり」もありますが、クジラを食べる食文化も昔からありまして、古くは縄文真脇遺跡からも、クジラの骨が発掘されています。
服部クジラも日本人にとって、失ってはいけない大切な食文化です。多様性のある日本の食文化を守る意味でも、「失われた伝統的な食材の復活」は、これからもぜひ地域で取り組んでいただきたいところです。
 まずは「いしり」について、また今後新しいものを開発してくだされば、料理を広げられると思いますよ。いずれにしても、「うわ、辛いな」っていうのは難しい時代です。今の嗜好は減塩ですからね。
──それを課題として、いろいろ試作してみたいですね。そして、またご評価をいただければ。
服部あまり色々手を加えないで、イカ原料の「いしり」で良いですから、塩分を控えたものが良いですよね。いわば「純粋ないしり」が欲しいんですよ。そうすれば、まだまだ応用の幅が相当広がるような気がします。
数馬
今後の活動に向けて明確なテーマができました。
──今日はどうもありがとうございました。
(インタビュアー/高峰 博保)

<プロフィール>
服部 幸應(はっとり・ゆきお)
1945年(昭和20年)生まれ。東京都出身。(学)服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長/医学博士。(社)全国調理師養成施設協会会長、(社)全国栄養士養成施設協会副会長。食育を通じた生活習慣病や地球環境保護の講演活動にも精力的に取り組んでおり、TVなどでも活躍中。藍綬褒章、厚生大臣表彰、文化大臣表彰及びフランス政府より国家功労勲章及び農事功労勲章受章。


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