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──まず、『いしり』との最初の出会いについて教えていただけますか。 小泉武夫教授(以下小泉)◆大学卒業後、醗酵学の立場から食と民族に取り組み、中国雲南省、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムなど、メコン川が流れている沿線にある魚醤文化を見てきて、魚醤に学問的興味を持ちました。そして日本にも、いかなご醤油、しょっつる、『いしり』などの魚醤があることが分かったのが『いしり』との出会いと言えます。実際に取り寄せて食べてもみました。 小泉◆能登に初めて行ったのは昭和40年代ですが、何度も行ったことがあるわけじゃないですね。 ──じゃあ、2001年に「魚醤(いしり)フォーラム」で能都町(現・能登町)にお越しいただいたのは貴重な機会ですね。 小泉◆全くそうです。 ──あの時に「民宿さんなみ」さんに泊まっていただいて、『いしり』の料理をお食べいただき、「食の世界遺産」に取り上げていただけたわけですね。 小泉◆そうです。その後も「さんなみ」さんとは付き合ってます。 あそこは凄いものを作ってるね。そりゃあ大したもので、私はびっくりしました。そういう風に、あるところにはあるんだね。 面白いことに魚醤は、あれだけ古くなっても風格が出てくるでしょう。ワタと呼ばれる肝すい臓は、普通は非常に脂が多いんです。それなのに脂ヤケしなかったり、生臭みが無い。そこが面白い。やっぱり熟成とは凄いものだと思いますね。 小泉◆『いしり』の場合には、ワタにある色々な消化酵素も分解するんだろうけれど、それにしても大したものですよ。 ──イカの、「身」よりもやはり「内臓」が重要なんでしょうか。 小泉◆身は上品な旨みです。例えば甘いのはアラニンってアミノ酸だし、グルタミン酸もある。それからイノシン酸も結構多いから非常に味が良い。ワタ(内臓)の方は、さらに様々な脂やペプチド、タウリン等、あの味をつくる独特の成分が多い。だから、そりゃあイカワタは美味しいですよ。 ──また、「脂肪が多いと普通ヒスタミンが多くなって苦味が出る筈」と書かれてますね。 小泉◆そうならないのは、長期熟成によってさまざまな化学変化、酵素作用が起こるからです。例えばヒスタミナーゼ等の酵素で分解され、ヒスタミンが無くなる等です。 小泉◆ただヒスタミンは、イカに限らず新鮮なものでないと出ますから、やっぱり新鮮な原料じゃないとダメ。逆に言えば、原料を厳選しているところに『いしり』の良さがあるんじゃないでしょうか。 ──一方で、水産加工残滓(魚あら)を利用した魚醤づくりにも取り組まれてますね。 小泉◆今までと違う作り方によって、「もっと旨みが乗らないか」、「早く出来ないか」といったことを実現しています。 ──「さんなみ」なんかは3年漬け込んでるわけですが、先生の開発された手法ですと1ヶ月くらいで出来、栄養成分の面でも変わりない。 小泉◆20日間で出来、栄養的にも全く変わりありません。今までの『いしり』の作り方と全然違い、耐塩性の乳酸菌や酵母、大豆麹を加える等、我々の現代的な醗酵学に基づいてやっているから早く良いものができるんです。 ──あと伝統的な手法では量が問題です。たくさんは作れない。ですから、早く製造する手法も一部では導入しようかと。 小泉◆だけど、今の伝統的な『いしり』はいじっちゃダメでしょう。例えば秋田のしょっつるは絶対させないですね。一度タガを緩めちゃうと、伝統を守るのは難しいからね。却って、流通量が少ないほうが希少価値があって良いんじゃないですか。 では、なぜ釧路ではそんなに早く作る必要があるかと言うと、これは公害問題なんですよ。 ──産業廃棄物ですね。 小泉◆原料が大量に出るわけです。我々はあくまでも環境問題に対応して、「こんなにもったいないものをなぜ捨てるの?」って発想でやっているわけです。 小泉◆それに、私は「これから魚醤の時代が本格的に来る」と思っているんです。今、大きなスーパーマーケットは食品に化学調味料を入れるのを極力減らす方向になっていて、天然の味が必要なんです。 これからは魚醤が大量に使われる魚醤の時代になってくるな、って私は見ています。それに魚醤は本当に味が伸びますからね。 ──味が伸びるというのは? 小泉◆魚醤の場合には、イノシン酸とグルタミン酸が一緒に入ってるんですが、この相乗作用で1+1=2じゃなく、1+1=7ぐらいに伸びるんです。 ──あと、『いしり』の時に必ず出るのは、「におい」の問題なんです。 小泉◆あぁ良いですねえ。醗酵文化の集積の一つとして、『いしり』はあの匂いが独特で素晴らしい。そしてそれは、料理しちゃうと鍋の中で臭みが無くなり、素晴らしい食欲の香りに変わってくるんです。 『いしり』は、あの匂いが非常にエスニックであるし、隠し味として大切ですね。 小泉◆ただ、これから『いしり』を能登町あるいは石川県の名物に持っていくにはコンセプトをしっかり固めないと、価格競争の点でも大変だと思います。東南アジアはもとより、国内でも魚醤工場はどんどん増えてますからね。 全国で売ろうというより、石川県の郷土料理にふんだんに『いしり』を使っていけるようにした方が、却って良いかもしれませんね。 ──また、「材料」としても提供して、メイド・イン・イシカワの加工食品には必ず『いしり』なり魚醤が上手く活かされてるということですね。 小泉◆その場合にもやはり競争力が重要で、価格設定でまず最初の壁が来ますね。 数馬嘉雄委員長(以下数馬)◆ただ、一言に『いしり』と言っても、質の面でバラつきがあるのが現状です。 小泉◆それはダメダメ。しかし、実際に私の経験でも、「さんなみ」でボトルに詰めてもらってくる『いしり』で料理するのと、石川県内で売ってる別の『いしり』とでは、全然違いますね。 数馬◆先程の「量」の問題と、今の「質」の問題にも取り組んでいく必要がある。 小泉◆だから、質と値段の問題なんですね。 量産は必ず質を落とすことになりますよ。それは間違いない。従来の作り方では大量生産はできないから、本来の『いしり』じゃ無くなっちゃうんじゃないかなぁ。 数馬◆「魚醤(いしり)フォーラム」(2001年)では、先生方から大豆麹による魚醤油の例をご紹介いただきました。今後、水産総合センターと一緒に大豆麹、麦麹を使った『いしり』の仕込みにもトライしたいと思っているんです。 小泉◆私のところの「魚露(うおつゆ)」は今、素晴らしい状態です。北海道の釧路の生産なんですが、セブンイレブンあたりがどんどん使い出してるから生産が間に合わない。つまり、コンビニおにぎり等がもう、調味料を天然ものに切り替えてきてるんですね。 ──「さんなみ」さんの『いしり』の人気ぶりは、3年物で1番絞りしか使ってないというこだわりだと思うんです。 能登の『いしり』に対して一定の概念規定も整理した方がよいかもしれませんね。あえて作り方等をちゃんと表示して売り、「それ以外のものは『いしり』じゃないよ」と、もうちょっとアピールしても良いかな。 小泉◆「さんなみ」さん辺りと一緒に、そういう定義は作ったら良いんじゃないですか。「イカのすい肝臓を何年間以上熟成醗酵させたものを『いしり』と言う」といった具合に。これは石川県は独自に付けられる訳だから。 ただ逆に言えば、「イカのゴロを使った醤油が『いしり』だ」って言うなら、「青森県が作ったって『いしり』じゃないか」って説だってあるわけだ。 ──逆に、どれだけこちらが知名度を上げるかですね。やっぱり積極的に売った方が強くなると。 小泉◆しかし『いしり』って言えば、これはやっぱり石川県だよね。 ──地域的な限定を付けられるかどうかですね。 小泉◆泡盛はご存知の通り沖縄の焼酎だけれども、実は泡盛を鹿児島で作ろうって動きがあったことがある。 しかし、泡盛は酒造組合が一生懸命になって、製造方法を規定し、鹿児島で作ったものは違うってことで決着した。『いしり』だって同じ考え方でいけるんじゃないのかなあ。 イカのワタで醤油を作っちゃダメだってことじゃなく、それに『いしり』って名前を使っちゃダメだってことだからね。 小泉◆そういった意味では、『いしり』組合ってのはあるんですか。 ──今は無いです。今回のJAPANブランド事業で共同体を組織している旧3町の内浦、柳田、能都町以外に、珠洲、輪島、門前でも『いしり』および『いしる』を作っていますから、そこにも声をかけて作ったらいいのかなとは思うんですが。 小泉◆それは作ったら良いですねえ。 ──そこでみんなで相乗効果を出しながら、競争しつつ、という風に。 小泉◆まず、『いしり』を作るみんなで一緒に、「そもそも『いしり』とは何ぞや」という一つの定義を作ることが非常に重要ですね。そして同時に、それを地域性として発展させるためには知的財産として置いておかないと、なかなか上手くいかないということ。 今一つは、より対外的にも体制を強化するために、『いしり』を作ってる皆さんが一堂に意見交換、技術交換をするような組織、連合体を作ることが必要じゃないのかな。 それが『いしり』のこれからに向けた提言です。「もの」は良いんですから。 小泉◆それから、石川に来る観光客に、地産地消の裏付けとして『いしり』をいっぱい使わないとね。鍋料理だとかさ。 ──秋田県では、どこに食べにいっても「しょっつる鍋」があるようにと、知事さんが号令をかけて県を挙げて取り組んでらっしゃるという例を、小泉先生からご紹介いただいていますね。 小泉◆小松空港内のレストラン辺りでも、『いしり』ラーメンとか無いじゃない。ああいう外部との窓口的な場所で、そういう地域メニューを出していかないとね。 ──地域として、『いしり』を大きな柱に位置づけて生かしていくべきですね。それにやっぱり、調理料としての『いしり』だけじゃなくて、『いしり』を通して地域全体としてトータルに食のあり方を見直す。 小泉◆大体、『いしり』の味を地元の能登町の小学校や中学校は知ってるんですか。『いしり』のスープだとか毎日のように食べてんの? 数馬◆いや、最近は食卓からも無くなってきています。 小泉◆そこからやらないと。 数馬◆そうですね。 小泉◆納豆に『いしり』をかけると、そりゃもう本当にウマイですよ。そういうのを子どもに食べさせたいね。納豆はグルタミン酸で『いしり』はイノシン酸だから、こりゃもうウマくない訳がない。『いしり』の匂いが納豆の匂いとマッチングして、“クサイはウマイ”だよ。 小泉◆子どもにも小さい時から『いしり』を食べさせるような話を、ぜひしたら良いですよ。 日本の食料自給率は今40%を割っている。それでいて、世界で一番食べものを捨てている。毎日300万食捨ててるんだよ。ひどい国だと思うけどね、そういうことをしないためにも、小さい時から地元のものを食べさせていく。 今、日本の若者は地元を愛せない。このことにみんなあまり悲観的じゃないようですが、昔我々がなぜ地元を愛したかって言うと、地元の食べものを愛したからです。今はどこの誰が作ったのか分かんないものばっかり食べてるから、田舎を意識しない。 そういう意味でも『いしり』は良いんですよ。「あぁ、オレの田舎はウマかった」と。「食」はそういう世界でいかないと。 だから、ぜひ地産地消的なことをどんどんやっていってくださいよ。 小泉◆昔の能登の『いしり』料理ってのは無いの? ──『いしり』の貝焼きは、能登でも代表的な料理になってます。 数馬◆あとは、『ベン漬け』がありますね。浅漬けみたいなものです。 小泉◆「さんなみ」でいただきましたが『ベン漬け』は大したもんだ。あれを僕は食の世界遺産に入れたんだよ。何故かって言うと、焼いて食う漬物ってアレしか無いから。何とまあ石川県はユニークだと思ったねえ。 ──そうか、僕ら「さんなみ」で食ってるから、「こういうのもアリなのかな」と思ってますけど。 小泉◆いや、本当に驚いた。参ったよアレは。 ──『ベン漬け』は能登では昔から作ってたんでしょ。 数馬◆そうですね。あと一番一般的なのは、『いしり』で野菜を煮る方法でしょうね。 『いしり』で野菜を炊くと泡がいっぱい出るんで、山の人なんかはその泡でまず一杯ご飯を食べ、二杯目で野菜を食べたそうです。うちのバアちゃんは、イカの刺身にかけたり、焼いた茄子にパッとかけては食べてました。 数馬◆先生には「魚醤(いしり)フォーラム」のご講演で、「能登半島は醸しの里という位置づけで行こう」とご提案いただきました。循環型社会のトップランナーで行こうと。 そういう中では、『いしり』は皆さんに知っていただくための一番良い商品じゃないかと考えています。 ──『いしり』を使った美味しい食べ方も提案して、実際に食べてみていただけるようにする工夫が大切ですね。 小泉◆『いしり』はクセが強いですから、やっぱり鍋ものが一番。あとは、スープみたいにしてお湯で伸ばすような方法ですよね。 今一つ重要なのは、『いしる』を研究するんなら、東南アジアに行かないとダメですよ。向こうは魚醤以外使いませんからね。それは大切なことです。
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