料理人・道場六三郎
奥能登の魚醤「いしり」が未来をひらく

テレビ番組でいしり料理を披露し、奥能登独自の調味料の存在を日本全国に印象付けた道場六三郎さんに、能登へお越しいただきました。能登の調理人たちの前で料理を実演し、いしりを生かしたメニューをご提案いただいた当日のようすを採録しました。
 日時:2005年12月4日(日)
 会場:能登町総合コミュニティセンター
道場さん

◆能登の「いしり」は生一本
 今日は「いしり」の料理を、ということで参りました。全国的にはタイのナンプラー、ベトナムのニョクマム等の方が、日本の魚醤よりも知られていますが、それらよりも優れている点が、この「いしり」にはあります。
 僕はタイの奥地まで、作るところを全部見に行ってきました。向こうも同じように魚を発酵させて作るんですが、その後、お砂糖だとか他の調味料を入れて、作り変えているんですね。その点、能登の「いしり」はいわば生一本と言いますか、全く素材そのものです。そこが「いしり」の特徴です。ただし、そのものであるだけに、良い点と悪い点があって、塩分がすごく強いんです。だから、そのまま使うとなると一般の人はちょっと食べずらい。

◆ちょっと塗るくらいで少量使う
道場さん直筆お品書き そこで今日は、「土佐いしり」をご紹介します。我々料理人はよく「土佐醤油(じょうゆ)」や「土佐酢(ず)」を使います。鰹や昆布の旨味をちょっと足したり、お酒で伸ばして小瓶に置いておきますと、非常に使い良いんですよ。今日は、これを「いしり」でやります。
 他には、「石焼き」をご紹介します。石を焼いて、塩やコンロの上に置き、水ダコや貝、イカ、エビに、刷毛でちょっと「いしり」を付けて焼いて差し上げる。焼きもので一番喜ぶのは、香りです。

◆焼いた香りが喜ばれる「いしり」
 「いしり」の良いのは、香りが本当に何とも美味しいんですよ。「いしり」自体は、人によっては匂いが好きな人、嫌いな人がいるんですが、「いしり」で焼いた時の匂いは、大概誰もが「良い匂い」って言うんです。
 大阪の「吉兆」の名物料理はやっぱり石焼きなんですが、彼のところは酒盗、鰹の塩辛を使って付け焼きにしています。でもそれを、能登の「いしり」でやったら、美味しくなるということです。

◆「いしり」は香りを移すのが大事
ぶり大根 ぶり大根なんかは、「いしり」だけで炊くとちょっときつい。要するに「いしり」の良い香りを移すことが大事で、これにすごく効果があるんです。全部「いしり」でやらなくとも良い。「いしり風味」だね。
 それから、次に「茄子のいしり煮」です。能登の方は昔からナスビを「いしり」で炊いたでしょ。そうすると、色が黒くてキレイ。それから、金沢の方では茄子を茹でた汁で素麺を茹でて、「茄子素麺」をよくやるんだよね。
 今日は、これを「いしり」でやります。茹でたものを、サーッとサラダ風にアレンジしてもすごく旨いですよ。

◆料理の鉄人でも「いしり料理」を
豪華に盛り付けられた「ブリのカルパッチョ」 今うちは、「いしり焼き」ってのをやってます。これもすごく喜ばれます。焼いて使うと、本当にすごく匂いが良いでしょう。こういった魚も食感が大事だから、全部に火が通る7割くらいで止めたら良いですね。
 今日ご紹介するメニューの中で、「石焼き」はうちの店でもずーっとやっていたものだね。それから、夏場は茄子を「いしり」で炊いて、「ニシンと茄子と素麺の煮もの」を出してました。
 「いしりなます」は、「料理の鉄人」の番組で大阪の神田川俊郎さんと「ブリ対決」をした時に、お正月の「ブリなます」をやりました。「いしり」のお蔭で勝ったんです。あれからもう10年経っちゃいましたね。

◆宇出津のブリ
 今日は、ブリがずいぶん揚がったらしいね。僕たちの子どもの頃は、金沢の近江町市場辺りに行っても、氷見のブリよりも、宇出津のブリの方が有名だったですよ。数もたくさん来てたしね。
 僕は昔、戦後間もなく能登へ買出しに来たんですよ。16〜17歳の時ですけどね。あの時分、汽車が少なくって、七尾で最後の夜汽車が出ていってしまってね、家に帰れなくなったんです。能登っていうのはそういう思い出があるね。

◆「こんかいわし」の糠と「いしり鍋」
 僕は山中温泉出身なんですが、昔は家庭で「こんかいわし」っていう鰯の糠漬けを作ってた。そして昔の人は、その糠みそもみんな使ったんです。
 ウチの辺りは「こんかいわし」の味噌を出汁で割って貝焼きの中に入れてました。千切りの大根を炊いて、刻んだ唐辛子で食べたり、あるいは白菜の芯だとかも炊きながら食べました。これはすごく美味しくって、料理の先付なんかでもすごく喜ばれる。
 僕が思うのは、旅人が能登に来たら、「いしり」の料理を一つね、必ず定番で置いておくと良いと思うんですよ。そういった貝焼きを「いしり」でね。能登牡蠣も良いでしょうね。ネギやワカメを入れて、「いしり」でコトコト炊いた一人鍋なんか、すごくお客さんに喜ばれるんじゃないかと思います。

◆「鍋もの」は親子のつながりの味
 家庭でも、冬寒い時に炊きながらモノを食す、食事を囲むというのは、家がすごく平和になるよ。ここのところ、変なニュースが多くてイヤになっちゃうでしょ。あれは食事から関係してるんじゃないかな。
 これから一番大事なことは、親と子のつながり。親と子が一緒に食べる食事が、これから非常に大事だということをつくづく思いますよ。

◆野菜そのものの味わい
料理の実演 「吉兆」の死んだ親父さんの好物の一つに、「焼き大根」ってのがある。鍋か鉄鍋に油をちょっとしいて大根を焼き、焼き目が付いたらひっくり返す。大根って焼くと透き通ってくるから、ジューッとなった時に生醤油をちょっと垂らしてやる。生醤油にちょっと酒を混ぜておくと良い。「大根がこんなに美味しいか」ってことになります。一回試してみたら良いよ。
 ネギの塩焼きでも、最後に割り醤油、またはお塩で野菜そのものの味を出すと、カラダにも良いし、皆さんが野菜そのものの味を覚えてくれる。
 さっきの大根も、生で食べるか漬物にするか、油揚げと煮るって仕事が多いでしょ。あんまり焼かないと思うけれども、「焼き大根」にして、七味でもちょっと振って醤油で食べる。そういう食べ方はすごく良いんじゃないかと思いますね。

◆香りを合わせる
 香りのものがいくつかあるというのも良いでしょ。昔は柚子を使うと柚子だけとか、木の芽を使うと木の芽だけだったけど、そう堅苦しいことは言わんで良いと思うんだ。いろんな香辛料を合わせたオールスパイスなんてあるでしょう。合わせると、合わせた別のものが結構生まれてくるんだよね。
 「いしり」ってのは、非常に美味しい味を持ってるんですよ。最近うちで「塩辛釜飯」をやったんです。これは、「料理の鉄人」に加藤茶さんが来た時にも、「釜飯対決」をやったんですが、塩辛やキノコ、サザエなんかを入れて炊き上げる。すると、塩辛の香りがすごく美味しいんです。そして、風味がある。
 「いしり」もそういう風に、風味を生かす使い方が良いと思いますね。

◆現代のお料理は下ごしらえで手早く
 僕は料理って、簡単でないとダメだと思う。昔みたいに炭で火が残っていれば、その残り火を大事にするために豆でも炊いたりしたけど、近頃モノ炊くのに炭をおこして炊いてる所、おそらく無いですよね。わざわざガスを点けてやる。
 だから、あんまりコトコト時間をかける仕事って、だんだん少なくなってきたよね。
 とにかく、日本の我々は、火を入れてから味付けする癖がついてるでしょう。その前にちょっと混ぜておいて、パッと炒めるだけにすると、仕事が早いし失敗が無い。どっちを先に行くかのちょっとした問題だけど、そういう風にすると仕事に無理が無いから良いですよ。仕事が早くて、旨い。

◆油と合わせる
 エビやタコ、イカ、ゲソ、そして貝類だと、一番良いのは「いしり」と酒とワタ。本当にちょっとで良いんですよ。それに、生姜をちょっと搾ったり、自分が好きなものを入れる。ニンニクでも良いし、ピリ辛にするなら豆板醤も良い。
 本当に炒める時に、生の時にチュチュッと振りかけてパッと煮る。油をちょっと入れれば滑ってくれるから焦げない。そのうち1分足らずで、エビなんかもビユーッと曲がるしね。

◆野菜を蒸しておくと厨房が楽しい
多くの能登の調理人を前に語る 大根、人参、蓮根なども、時間があるときに蒸して置いておくと、客が立て込んだ時にプツプツっと切って、バターか何かで焼いてちょっと晒すだけで、洒落た「野菜の焼きもの」とか「野菜の煮もの」ができる。
 普通「煮物をしよう」と思うと、どうしても20分とか掛かるじゃないですか。こうやっておけば、客の顔を見て、「1人来た、2人来た」ってパッパッと炊いても焼いても仕事が早い。そういうことを覚えると、非常に厨房が楽しくなる。
 タマネギもオーブンに放り込んおくだけ。元々甘味を持っているから、食べる時に生醤油にちょっと晒して、ステーキのあしらいなんかに出せる。そうすると時間が掛かんない。焼いた状態で置いておけば、切り出していけば良い。こういう早い仕事ってのを、沢山覚えて置くと良いんだよね。

◆料理人にも「いしり」をお披露目
 話は変わりますが、12月4日に新宿のセンチュリーハイアット東京で、「超人シェフ倶楽部」の発表会に出ました。全国の名うての、今元気の良い料理人100人を集めて立ち上げたもので、雑誌社・新聞社が、カメラだけで30くらい並んでた。
 その時に、僕はこの「いしりサラダ」を出したんです。といっても僕が喋ってるのを、フードコーディネーターの結城摂子が作ってくれたんですけどね、みんなに食べさせてきました。能登の「いしり」を宣伝してきましたからね。

◆焼きソバに「いしり」は好相性
[質問] この茄子ですが、油の味がするのは一回揚げてあるんですか。
 うん、一回揚げているね。
 昔ね、よく茄子のオランダ煮ってやったじゃないですか。炒めてやったんだけど、揚げた方が良い。素麺は、くっつかないために油をちょっと入れたんだ。
[質問] あのう、おソバで「いしり」ってどうなんですか。
 おソバで良いのは、中華ソバの「焼きソバ」。ちょっと手を加えて、味を直してからね。これには、「いしり」は凄く合う。
[質問] ソバつゆにはどうですか。
 浸けて食べるのは、好き好きだね。
 「いしり」は、好きな人ともう一つって人がいらっしゃるでしょ。だから、自分の家で食べる分には良いだろうけど、商売にするときには何回かやってみて、客層のファンが多くならないと、なかなか売り切れない面もあるんじゃないかな。

◆隠し味で少しだけ使う
[質問] ラーメンの隠し味によく使われてるって聞いたことがあるんですが。
 良いんじゃないですか。要するに、「いしり」は隠し味という程度に使うと凄く良いと思いますよ。
[質問] 今、豚バラをいただいて、これが私は一番気に入ったんですけれど、これは先ほど言われた「土佐いしり」だけで味付けしてあるんですか。
 そうそう、「土佐いしり」だけ。ちょっと振り掛けて、生の時に豚バラと混ぜただけ。白菜は、生の白菜を炒めると、大変に時間が掛かるから、塩水に浸けておく。柔らかくなったのを絞って、塩辛かったらもう一回水で洗うと、すごく炒めが早いんですよ。小さくなったものを炒めれば、回りがすごく早いです。
 それで、七味を放りこんでみたり、いろんな好きなものをちょっと入れてみてください。

◆「いしり」は食卓の常備調味料として
 ひとつ大事なことは、食卓に「いしり」を置いておいていただくこと。常備調味料として、こういう小瓶に入れて置いてあるという感じだったら、おひたしにちょっと使ったりもできるだろうし。「いしり」ってそういうものだという感覚でね。
 よく東南アジアに行きますと、醤油やオイルの中に唐辛子を入れておいたのあるでしょ。この「土佐いしり」も、ニンニク、生姜、唐辛子をゴトッと入れて、1週間2週間置いておくと、すごくこれ自体が美味しくなる。カラダにも良い。こういうの作っておくと良いんじゃないですかね。

◆「いしり」で能登の味の思い出を
 もうひとつ大事なのは、能登に来た方が「いしり料理」を食べられること。能登を旅してきた人にとって、いろんな歴史や風土、景色も思い出の一つだけれど、やっぱり食事との出会いは思い出に残る。
 だから、やはり僕は、能登へ来たら何か「いしり」を食べていただけるように、ぜひしたら良いと思いますね。もちろん「いしり焼き」でも良いし、何か一つ「いしり」の料理をして、おもてなしをしてやっていただければと思います。

<プロフィール>
道場 六三郎(みちば・ろくさぶろう)
1931年石川県山中町生まれ。18歳の頃より料理人を志し、日本各地で修行を重ね、「銀座ろくさん亭」、「銀座懐食みちば」などを開店。和食の伝統にとらわれない変幻自在な発想が料理界に新風を吹き込む。現在はテレビ番組にも数多く出演しているほか、料理に関する著作も多数出版している。2005年11月、厚生労働省が表彰する「現代の名工」に選出。常に新しい料理に挑戦を続ける不撓不屈の料理人である。


 能登の醸しブランド発信事業推進委員会 
事務局:能登町商工会/石川県鳳珠郡能登町字宇出津ト字44番地4 〒927-0433
TEL.0768-62-0181 FAX.0768-62-0277
トップページにもどる