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◆能登の「いしり」は生一本 今日は「いしり」の料理を、ということで参りました。全国的にはタイのナンプラー、ベトナムのニョクマム等の方が、日本の魚醤よりも知られていますが、それらよりも優れている点が、この「いしり」にはあります。 僕はタイの奥地まで、作るところを全部見に行ってきました。向こうも同じように魚を発酵させて作るんですが、その後、お砂糖だとか他の調味料を入れて、作り変えているんですね。その点、能登の「いしり」はいわば生一本と言いますか、全く素材そのものです。そこが「いしり」の特徴です。ただし、そのものであるだけに、良い点と悪い点があって、塩分がすごく強いんです。だから、そのまま使うとなると一般の人はちょっと食べずらい。 ◆ちょっと塗るくらいで少量使う そこで今日は、「土佐いしり」をご紹介します。我々料理人はよく「土佐醤油(じょうゆ)」や「土佐酢(ず)」を使います。鰹や昆布の旨味をちょっと足したり、お酒で伸ばして小瓶に置いておきますと、非常に使い良いんですよ。今日は、これを「いしり」でやります。 他には、「石焼き」をご紹介します。石を焼いて、塩やコンロの上に置き、水ダコや貝、イカ、エビに、刷毛でちょっと「いしり」を付けて焼いて差し上げる。焼きもので一番喜ぶのは、香りです。 ◆焼いた香りが喜ばれる「いしり」 「いしり」の良いのは、香りが本当に何とも美味しいんですよ。「いしり」自体は、人によっては匂いが好きな人、嫌いな人がいるんですが、「いしり」で焼いた時の匂いは、大概誰もが「良い匂い」って言うんです。 大阪の「吉兆」の名物料理はやっぱり石焼きなんですが、彼のところは酒盗、鰹の塩辛を使って付け焼きにしています。でもそれを、能登の「いしり」でやったら、美味しくなるということです。 ◆「いしり」は香りを移すのが大事 ぶり大根なんかは、「いしり」だけで炊くとちょっときつい。要するに「いしり」の良い香りを移すことが大事で、これにすごく効果があるんです。全部「いしり」でやらなくとも良い。「いしり風味」だね。 それから、次に「茄子のいしり煮」です。能登の方は昔からナスビを「いしり」で炊いたでしょ。そうすると、色が黒くてキレイ。それから、金沢の方では茄子を茹でた汁で素麺を茹でて、「茄子素麺」をよくやるんだよね。 今日は、これを「いしり」でやります。茹でたものを、サーッとサラダ風にアレンジしてもすごく旨いですよ。 ◆料理の鉄人でも「いしり料理」を 今うちは、「いしり焼き」ってのをやってます。これもすごく喜ばれます。焼いて使うと、本当にすごく匂いが良いでしょう。こういった魚も食感が大事だから、全部に火が通る7割くらいで止めたら良いですね。 今日ご紹介するメニューの中で、「石焼き」はうちの店でもずーっとやっていたものだね。それから、夏場は茄子を「いしり」で炊いて、「ニシンと茄子と素麺の煮もの」を出してました。 「いしりなます」は、「料理の鉄人」の番組で大阪の神田川俊郎さんと「ブリ対決」をした時に、お正月の「ブリなます」をやりました。「いしり」のお蔭で勝ったんです。あれからもう10年経っちゃいましたね。 ◆宇出津のブリ 今日は、ブリがずいぶん揚がったらしいね。僕たちの子どもの頃は、金沢の近江町市場辺りに行っても、氷見のブリよりも、宇出津のブリの方が有名だったですよ。数もたくさん来てたしね。 僕は昔、戦後間もなく能登へ買出しに来たんですよ。16〜17歳の時ですけどね。あの時分、汽車が少なくって、七尾で最後の夜汽車が出ていってしまってね、家に帰れなくなったんです。能登っていうのはそういう思い出があるね。 ◆「こんかいわし」の糠と「いしり鍋」 僕は山中温泉出身なんですが、昔は家庭で「こんかいわし」っていう鰯の糠漬けを作ってた。そして昔の人は、その糠みそもみんな使ったんです。 ウチの辺りは「こんかいわし」の味噌を出汁で割って貝焼きの中に入れてました。千切りの大根を炊いて、刻んだ唐辛子で食べたり、あるいは白菜の芯だとかも炊きながら食べました。これはすごく美味しくって、料理の先付なんかでもすごく喜ばれる。 僕が思うのは、旅人が能登に来たら、「いしり」の料理を一つね、必ず定番で置いておくと良いと思うんですよ。そういった貝焼きを「いしり」でね。能登牡蠣も良いでしょうね。ネギやワカメを入れて、「いしり」でコトコト炊いた一人鍋なんか、すごくお客さんに喜ばれるんじゃないかと思います。 ◆「鍋もの」は親子のつながりの味 家庭でも、冬寒い時に炊きながらモノを食す、食事を囲むというのは、家がすごく平和になるよ。ここのところ、変なニュースが多くてイヤになっちゃうでしょ。あれは食事から関係してるんじゃないかな。 これから一番大事なことは、親と子のつながり。親と子が一緒に食べる食事が、これから非常に大事だということをつくづく思いますよ。 ◆野菜そのものの味わい 「吉兆」の死んだ親父さんの好物の一つに、「焼き大根」ってのがある。鍋か鉄鍋に油をちょっとしいて大根を焼き、焼き目が付いたらひっくり返す。大根って焼くと透き通ってくるから、ジューッとなった時に生醤油をちょっと垂らしてやる。生醤油にちょっと酒を混ぜておくと良い。「大根がこんなに美味しいか」ってことになります。一回試してみたら良いよ。 ネギの塩焼きでも、最後に割り醤油、またはお塩で野菜そのものの味を出すと、カラダにも良いし、皆さんが野菜そのものの味を覚えてくれる。 さっきの大根も、生で食べるか漬物にするか、油揚げと煮るって仕事が多いでしょ。あんまり焼かないと思うけれども、「焼き大根」にして、七味でもちょっと振って醤油で食べる。そういう食べ方はすごく良いんじゃないかと思いますね。 ◆香りを合わせる 香りのものがいくつかあるというのも良いでしょ。昔は柚子を使うと柚子だけとか、木の芽を使うと木の芽だけだったけど、そう堅苦しいことは言わんで良いと思うんだ。いろんな香辛料を合わせたオールスパイスなんてあるでしょう。合わせると、合わせた別のものが結構生まれてくるんだよね。 「いしり」ってのは、非常に美味しい味を持ってるんですよ。最近うちで「塩辛釜飯」をやったんです。これは、「料理の鉄人」に加藤茶さんが来た時にも、「釜飯対決」をやったんですが、塩辛やキノコ、サザエなんかを入れて炊き上げる。すると、塩辛の香りがすごく美味しいんです。そして、風味がある。 「いしり」もそういう風に、風味を生かす使い方が良いと思いますね。 ◆現代のお料理は下ごしらえで手早く 僕は料理って、簡単でないとダメだと思う。昔みたいに炭で火が残っていれば、その残り火を大事にするために豆でも炊いたりしたけど、近頃モノ炊くのに炭をおこして炊いてる所、おそらく無いですよね。わざわざガスを点けてやる。 だから、あんまりコトコト時間をかける仕事って、だんだん少なくなってきたよね。 とにかく、日本の我々は、火を入れてから味付けする癖がついてるでしょう。その前にちょっと混ぜておいて、パッと炒めるだけにすると、仕事が早いし失敗が無い。どっちを先に行くかのちょっとした問題だけど、そういう風にすると仕事に無理が無いから良いですよ。仕事が早くて、旨い。 ◆油と合わせる エビやタコ、イカ、ゲソ、そして貝類だと、一番良いのは「いしり」と酒とワタ。本当にちょっとで良いんですよ。それに、生姜をちょっと搾ったり、自分が好きなものを入れる。ニンニクでも良いし、ピリ辛にするなら豆板醤も良い。 本当に炒める時に、生の時にチュチュッと振りかけてパッと煮る。油をちょっと入れれば滑ってくれるから焦げない。そのうち1分足らずで、エビなんかもビユーッと曲がるしね。 ◆野菜を蒸しておくと厨房が楽しい 大根、人参、蓮根なども、時間があるときに蒸して置いておくと、客が立て込んだ時にプツプツっと切って、バターか何かで焼いてちょっと晒すだけで、洒落た「野菜の焼きもの」とか「野菜の煮もの」ができる。 普通「煮物をしよう」と思うと、どうしても20分とか掛かるじゃないですか。こうやっておけば、客の顔を見て、「1人来た、2人来た」ってパッパッと炊いても焼いても仕事が早い。そういうことを覚えると、非常に厨房が楽しくなる。 タマネギもオーブンに放り込んおくだけ。元々甘味を持っているから、食べる時に生醤油にちょっと晒して、ステーキのあしらいなんかに出せる。そうすると時間が掛かんない。焼いた状態で置いておけば、切り出していけば良い。こういう早い仕事ってのを、沢山覚えて置くと良いんだよね。 ◆料理人にも「いしり」をお披露目 話は変わりますが、12月4日に新宿のセンチュリーハイアット東京で、「超人シェフ倶楽部」の発表会に出ました。全国の名うての、今元気の良い料理人100人を集めて立ち上げたもので、雑誌社・新聞社が、カメラだけで30くらい並んでた。 その時に、僕はこの「いしりサラダ」を出したんです。といっても僕が喋ってるのを、フードコーディネーターの結城摂子が作ってくれたんですけどね、みんなに食べさせてきました。能登の「いしり」を宣伝してきましたからね。 ◆焼きソバに「いしり」は好相性 [質問] この茄子ですが、油の味がするのは一回揚げてあるんですか。 うん、一回揚げているね。 昔ね、よく茄子のオランダ煮ってやったじゃないですか。炒めてやったんだけど、揚げた方が良い。素麺は、くっつかないために油をちょっと入れたんだ。 [質問] あのう、おソバで「いしり」ってどうなんですか。 おソバで良いのは、中華ソバの「焼きソバ」。ちょっと手を加えて、味を直してからね。これには、「いしり」は凄く合う。 [質問] ソバつゆにはどうですか。 浸けて食べるのは、好き好きだね。 「いしり」は、好きな人ともう一つって人がいらっしゃるでしょ。だから、自分の家で食べる分には良いだろうけど、商売にするときには何回かやってみて、客層のファンが多くならないと、なかなか売り切れない面もあるんじゃないかな。 ◆隠し味で少しだけ使う [質問] ラーメンの隠し味によく使われてるって聞いたことがあるんですが。 良いんじゃないですか。要するに、「いしり」は隠し味という程度に使うと凄く良いと思いますよ。 [質問] 今、豚バラをいただいて、これが私は一番気に入ったんですけれど、これは先ほど言われた「土佐いしり」だけで味付けしてあるんですか。 そうそう、「土佐いしり」だけ。ちょっと振り掛けて、生の時に豚バラと混ぜただけ。白菜は、生の白菜を炒めると、大変に時間が掛かるから、塩水に浸けておく。柔らかくなったのを絞って、塩辛かったらもう一回水で洗うと、すごく炒めが早いんですよ。小さくなったものを炒めれば、回りがすごく早いです。 それで、七味を放りこんでみたり、いろんな好きなものをちょっと入れてみてください。 ◆「いしり」は食卓の常備調味料として ひとつ大事なことは、食卓に「いしり」を置いておいていただくこと。常備調味料として、こういう小瓶に入れて置いてあるという感じだったら、おひたしにちょっと使ったりもできるだろうし。「いしり」ってそういうものだという感覚でね。 よく東南アジアに行きますと、醤油やオイルの中に唐辛子を入れておいたのあるでしょ。この「土佐いしり」も、ニンニク、生姜、唐辛子をゴトッと入れて、1週間2週間置いておくと、すごくこれ自体が美味しくなる。カラダにも良い。こういうの作っておくと良いんじゃないですかね。 ◆「いしり」で能登の味の思い出を もうひとつ大事なのは、能登に来た方が「いしり料理」を食べられること。能登を旅してきた人にとって、いろんな歴史や風土、景色も思い出の一つだけれど、やっぱり食事との出会いは思い出に残る。 だから、やはり僕は、能登へ来たら何か「いしり」を食べていただけるように、ぜひしたら良いと思いますね。もちろん「いしり焼き」でも良いし、何か一つ「いしり」の料理をして、おもてなしをしてやっていただければと思います。
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