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八尾町の中心街で中国茶を中心にしたティーサロンを始められた大塚美眞子さんにお話をうかがいました。 ◆お茶屋さんとしては相当古かったんですか。 おばあちゃんの時代にはやっていたと思いますから、どれくらいでしょうかね。 茶葉は外に出してなくて、茶箱に入れて、販売していましたから、何となくお茶屋さんなのかなという感じだったと思います。 ◆お店を変えることについては御家族はいかがだったんですか。 主人は早くやりたかったらしいですよ。私はこんなところでお茶屋?という印象があったんです。私は歯科衛生士という仕事をしていて、一般開業医に勤めていました。主人は設備関係の仕事をしていますが、いずれはお茶を飲んでいただけるお店をしたいと漠然と考えていたようです。 ◆歯科衛生士をされている時に勉強に行かれたんですか。 そうです。1年3ケ月、東京の中国茶サロンに毎月通いました。歌舞伎座の近くのビルの中にある教室です。入門から中級、上級と受けました。2001年の4月からです。お店をオープンさせたのは昨年の夏です。 ◆なぜ中国茶だったんですか。 コーヒーより、紅茶が好きだったんです。富山には当時、紅茶の専門店がなくて、いろいろおいしいお茶を探していたんです。そのような時にたまたま『岩茶(がんちゃ)』(文芸春秋)という本に出会いました。最初は「何、岩茶って?」ということで、調べてみると、それが究極の烏龍茶のことだったんです。著者の左能典代さんは目黒で「岩茶房」という茶藝館を開いておられるんです。この本には究極の烏龍茶のことがまず書いてあるんです。 |
◆なぜ、岩なんですか。 中国の福建省の武夷山の岩場に生えているお茶だから「岩茶」なんです。「大紅枹」という、この世の中に4本しかなく、昔は皇帝にしか飲ませていないようなお茶があります。現在は、国のものになっているんですけど、たまたま、『岩茶』の著者が日中友好の関係があったので、飲むことができたそうです。岩に生えているから木自体にエネルギーがある。病気になった時にこのお茶を飲んだら健康になったという逸話もあります。「岩茶房」にいらっしゃるお客様の中には、病気が直ったとか、お茶をゆっくり1時間程かけて飲んでいたら、今まで正座ができなかったばあちゃんが、正座できたとか、そういうエピそードがこの本の中には書いてあるんですね。お茶でこんなことが出来たらすごいと思って、これは一度飲んでみたいと、インターネットで購入して試してみたんです。見様見真似で、いろんな本をみて中国茶を煎れてみたら、たしかにすごく美味しかった。でも、もしかしたらもっと美味しくはいるんじゃないかなと。そういことがすごく気になりはじめました。ちょうど、歯科衛生士の仕事も20数年やって、細かい作業がしづらくなってきたので、これで卒業かなと思っていました。まわりの方は、「何で?もったいない!」とおっしゃてくださいましたが、ずっと、歯科業界に勤めている気もなかったし、家庭のこともありますので、家でできる仕事を前々から考えていました。 ◆お店の場所もいいですよね。 「大塚さんの所っていいよね!」とよく言われるんですよ。おわらの時とか「何かすればいいのに!」とよく言われました。 本当に自分がやりたことは何だろうと考えたとき、頭痛もひどかったし、子どもたちも手を離れた状態、主人も単身赴任で、家で一人でした。そういう時にお茶を飲んだり、岩茶の本を読んで気持ちが安らかになることを感じました。それで、私も中国茶のことを勉強したいなと思ったんです。ところが、富山にはそういう教室がないので、調べたところ、東京にはそれがあったんです。わけが分らなかったんですが、遠くへ行っちゃえと、行くことにしたんです。わけがわからないから、東京まで行ったのかも知れませんね。 次のページ→ |