ひとつひとつ手づくりで、細かい作業ながやちゃ。
  水上 昇さん[水上水月堂]
水上水月堂(みずかみすいげつどう) 八尾の菓子職人シリーズ

昭和30年頃からある「初午」は、繭(まゆ)の形をしたひとくちサイズの最中。なぜ繭(まゆ)の形かというと、かつて八尾町で養蚕が盛んだったことから。商品名は、初午(2月の初めの午の日)に繭(まゆ)を奉納する初午祭が行われていたことから名付けられたという。


水上水月堂
〒939-2354 
八尾町東町2173
TEL 076-454-3376


繭(まゆ)の形のひとくち最中
 お店の創業は、昭和29年9月。現在の店主の昇さんが生まれた頃、時を同じくして先代がお菓子屋さんを開業した。その時に最初に作ったお菓子が『初午』。今も人気のロングセラー商品となっている。先代であるお父さんが、毎日毎日1ヶ月くらいかけて型を彫ったそう。
 『初午』は、繭(まゆ)の形をした、ひと口サイズの最中。大きさも、ちょうど本物の繭(まゆ)くらいの大きさになっている。昔、八尾で養蚕が盛んだったことにちなんで作られた、八尾らしさのあるお菓子。

『初午』と繭(まゆ)の関係

 商品名につけられている『初午』という言葉は、元来が繭(まゆ)と関係が深い言葉。養蚕が盛んな各地に見られた風習、「初午祭」から名付けられた。初午の日(2月の最初の午の日)に繭を奉納する行事で、ほんの何十年か前までは、日本人の暮らしに密接に結びついていた習慣だ。

地元の人に選ばれているお菓子
 『初午』は、八尾に住んでいる地場の人がおつかいものにするときなどによく使われる。地元に住んでいる人の評価が高いお菓子。渋いお茶に合うので、よく茶道の先生方がお茶請に利用されている。
 ひと口サイズの食べやすさの他にもひと工夫がある。最中の皮には色の変化が付けられており、見た目にも変化がある。また、おめでたい時にも法事の時にも使っていただける。

貴重な天蚕の淡いグリーン

 中でも緑は、ちょうど天蚕(てんさん)を思わせるような淡いグリーンになっている。天蚕(てんさん)というのは、屋外で蚕を飼う一般的な家蚕とは別種の野蚕の一種で、山繭とも呼ばれるもの。屋外に生えているクヌギなどの木の葉に直接蚕を付けて飼う。屋内の一般的な養蚕では蚕の色も繭(まゆ)の色も白いのに対し、天蚕(てんさん)では美しい緑の蚕から淡い緑や黄緑色の生糸が作られる。そうした貴重な天蚕(てんさん)と、それを生産していた先人たちの歴史を偲ばせる緑色である。

柔らかくてほんのり甘い『十三石』
 水月堂のもう一つの看板商品が、『十三石』。これもひとくちで食べられそうな可愛らしいサイズのお菓子で、口の中でとろける羽二重餅のような柔らかさを楽しめる。
 お店で常時販売している商品は、この『十三石』と『初午』の二つ。秋以降の季節には、これに加えて焼き菓子が登場する。

昭和の流行作家との交流

 店頭には、手紙を表装した額が飾られている。手紙の主は長谷川伸氏。昭和のはじめに活躍した小説家にして劇作家。股旅ものなどの多数の作品で大衆文芸の隆盛を招いた人物である。手紙の内容は、その代表作である「一本刀土俵入り」にまつわるもの。
 「一本刀土俵入り」といえば、1931年に歌舞伎として初演されて以降、新劇、新国劇をはじめ、浪曲など様々なジャンルにわたって上演され続けてきた名作で、映画でも初演の年から1960年にかけて6回もリメイクされ、片岡千恵蔵、高峰三枝子、長谷川一夫、越地吹雪らがスクリーンを飾っている。21世紀に入ってからも、市川猿之助、中村芝翫、坂東玉三郎、あるいは池畑慎之介(ピーター)らによって演じられている。日本人の心の琴線に触れる不朽作として呼び声が高い。
店内には、石碑の原本にもなった長谷川伸さんからの手紙が飾られている。
「おわら」と長谷川伸
 そもそも、長谷川伸さんと八尾とのご縁は、「越中おわら節」にある。「一本刀土俵入り」は、水戸街道、利根川沿いの宿場町を舞台にしたストーリーだが、この物語に「越中おわら節」の哀切あふれるメロディが重要な役割を果たして登場するのだ。劇中でこれを唄うのがヒロインのお蔦。
 水月堂では、お店の創業から数年たった頃、地元の「おわら」にもゆかりがあり、当時世間で評判の高かった「一本刀土俵入り」にちなんだお菓子を開発した。それがヒロインの名をとった『お蔦笠』である。

曳山会館前の石碑

 長谷川伸さんがこのお店に宛てた手紙には、水月堂謹製のお菓子『お蔦笠』への思いが書かれている。先代であるお父さんが、「こんなお菓子を作ったので、ぜひ批評をもらえないでしょうか」と手紙を出したところ、お返事をくださった。
 当時長谷川伸さんに送ったお菓子『お蔦笠』は、編み笠のように作りこんだ大きめサイズのお干菓子で、かなり手の込んだものだったようだ。残念ながら今は作られていないが、この昭和33年のお手紙は現在、八尾町の曳山会館前の石碑に、筆跡もそのままに使われている。
 長谷川伸さんのお弟子筋にあたる平岩弓枝さんの随筆には、この碑を訪ね、亡き師の筆跡に出会った平岩さんの感激が、水月堂を訪ねた思い出とともに綴られている。

一度覚えていただいた味
 現在の店主である昇さんは、お菓子づくりを始めて30年。『初午』づくりの要である小豆は、毎日店で炊いている。最中の皮も町内で作っており、抜群にうまいと評価を得ている。
 『初午』に味のバリエーションを増やす予定は?との質問に、昇さんは「餡を変えようと思ったことは一切無い」と言い切った。
 一度覚えていただいた大切な味を、いつでもまたお客様に味わっていただけるよう、昔ながらの製法を守っている。


水上水月堂創業からの『初午』と、これもロングセラーの『十三石』。






『初午』は小さくて可愛らしい最中。ひとつひとつに八尾を詠んだ名歌が入っています。





柔らかな口当たりが魅力の『十三石』





時間が許せば、長谷川伸さんや平岩弓枝さんとの交流のお話が聞けるかも。





こちらが石碑。越中八尾観光会館(曳山会館)前で八尾を訪れる方々を迎えている。





お店の前を通った時に見過ごさないよう、この看板を目印に。

※2004年11月には、長谷川伸・生誕120年記念公演「長谷川伸の心(なか)の女たち」(芸術祭参加作品)が横浜にぎわい座にて上演されました。


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